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「静かなる革命へのブループリント: この国の未来をつくる7つの対話」(6月24日(火)発売)に、チームラボ猪子の対談が掲載

宇野常寛氏の著書「静かなる革命へのブループリント: この国の未来をつくる7つの対話」に、宇野常寛氏とチームラボ猪子の対談が掲載されます。

●今、ロークオリティ・コミュニティがアツい!?

猪子:話は変わるけれど、前に宇野さんと「世の中は、ハイクオリティのグローバル層と、ロークオリティのコミュニティ層に分かれつつある」という話をしたことがあるでしょ? あれ、面白いと思っていて。

宇野:『PLANETS』の次号の会議で門脇耕三さんが話していたときに出た論点だね。要するに、これからのコンテンツはハイクオリティでグローバルに拡大し、コンテクスト抜きでも良さが伝わって楽しめるものと、細分化されたコミュニティのなかのコンテクストに強く依存する一方で、ロークオリティというか、完成度が低くても誰もが平易、に参加できて、完成度を高めていく過程を楽しむコンテンツに2極化していく。ただ僕は前者がハイクオリティで後者がロークオリティだとは思っていないかな。クオリティの概念自体が切り替わっているので、比べられる性質のものではない

猪子:僕が言うところのロークオリティというのはコンテンツのことを指していて、たとえば、ルイ・ヴィトンはコミュニティとは無縁なわけです。いわば「ハイクオリティ・グローバル」。だけど他方で、それとは違ったファッションブランドのあり方も存在しますよね。それはコミュニティとセットになっていて、ロークオリティというと言い過ぎかもしれないけれど、そこではクオリティを問われない。

で、ロークオリティのコミュニティというのは、今という時代を象徴する、超ホットな現象だと思うんです。コミュニティ内で小さな経済圏が成り立っていて、とても面白いことが起こっている。逆に、ハイクオリティ層は超グローバル化しているかわりにコミュニティとはまったく無縁でしょう。彼らはコミュニティを持たない、というか持てない。それはなぜなんだろうね。クオリティが高いと、見えてくる世界がどうしても違ってくるから嫌われてしまうのか、それともコミュニティを持つような時間的余裕がないのか……。

宇野:どちらかというと効率の問題だと思う。実際、コミュニティと結託することでクオリティが上がるものと下がるものがあるでしょう。たとえば、僕が所属している業界だと、コミュニティがないと成立しないし、クオリティも上がらないわけです。猪子さんが好きだった90年代の裏原宿系ファッションも「ロークオリティ・コミュニティ」だった。

猪子:たしかに、裏原宿系はもともとコミュニティから生成されてきたカルチャーだよね。でも結果的に、APEはハイクオリティ・グローバルの方向に進んで、コミュニティを失った。で、APEは買収されちゃった。難しいよね、そのバランスが。

宇野:結局、コミュニティからのボトムアップな生成力で成立するクリエイティビティと、トップダウンのクリエイティビティで生成するカルチャー、この2種類がある。そしてこの二つは大きく分断されている。で、アートは、原理的にハイカルチャーであるべきなんです。特に日本には街おこし的なコミュニティアートが多いけれど、コミュニティ系のアートなんて全部ダメでしょう。コミュニティで生成されるものは総じてポップカルチャーなんだから、そもそもアートの対極であるはずなんだよね。語義矛盾もはなはだしい。

猪子:なるほど。 (本文抜粋)
 


河出書房新社
2014年6月24日(火)

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