MEDIA

2013.10.24

「GQ JAPAN」(2013年12月号)で、チームラボ猪子の連載。「理由がなくても言えるから「愛してる」しか言わない」

連載「日本、アジア、そして21世紀」
第四回「理由がなくても言えるから「愛してる」しか言わない」


ウルトラテクノロジスト集団「チームラボ」の代表・猪子寿之が、変わりゆくメディア環境のなかのアジアと日本をめぐって思索する人気連載。第4回の今回は、非言語的コミュニケーションのもたらす「ピース」な効果。



前回に引き続き、またまた非言語。今回は、昔、恋をしていたときの話です。その子は、日本語も英語も話せない。僕はその子の言語を話せない。そんな話です。


ある国に仕事で行ったときに、その子に出会いました。仕事中に出会ったので名刺を渡しました。日本に帰国したら、その子からメールが届いていたのです。その頃は、フェイスブックもLINEもなかった頃です。そのメールには文字がなく、子ネコの写真が添付されているだけでした。何のことだか全く分からないんだけど、きっとその子の好きな写真なんだろうなと勝手に思って、僕も好きな写真を送りました。そしたら、今度は曲が添付されたメールが送られてきました。その国の言葉のポップスだったので何を歌っているのか全然わからなかったんだけども、たぶん好きな曲なんだろうなと思って、僕も好きな日本のポップスを送ったのです。そんなやり取りが続いて、結局会いにいきました。日時は数字だし、待ち合わせ場所はグーグルマップなので、難なく会うことができたのです。


そんな感じで恋がはじまりました。恋が続いて長く一緒にいると、人間なので、ちょっとむかついたり相手を疑ったりと、怒ったり機嫌が悪くなったりすることがあります。怒ったり機嫌がわるくなったりすると、「なんで?」って聞かれます。でも、細かいことは説明できないし、それでも説明しようとするんだけど、説明しようとしているうちにだんだん面倒くさくなってきます。怒ったり機嫌悪そうになったりすると、「なんで?」になるから、そのうち、怒ったり機嫌悪くなったりすること自体が面倒くさくなります。それで気がついたのですが、相手のむかつくことだったり、疑ったりしていることを言葉に一切しないと、人はすぐ忘れるんです。怒りや疑いの原因も忘れちゃうから、怒りも持続しない。で、細かいことはめんどくさいから、気がついたら、愛してるしか言わなくなっていたんです。愛してるは、理由がなくても言っていいんです。長い休みに一緒にいることができた時は、その間、互いに愛してる以外の一切の言葉をしゃべらなくて、言語を少し忘れたことがありました。その時は、なんか、別人みたいにピースになったのです。


そんなときに、たまたま、ボクシングの世界チャンピオンとお会いすることがありました。その人と雑談していたときに、記者会見でのディスり合い(罵りあい)の話になり、試合前のああいうディスり合い(罵りあい)ってとっても重要なんだ、と。「人は、人のことなんて殴れないんだよ」って言うのです。正直、この人は人を殴るのが職業だし、さらにそれで世界一なのに、一体全体何を言ってるんだ、って思いました。そしたら、「僕、プロだから、本気で殴っていいよ、絶対平気だから」って言うのです。けれども、いざ本気で殴ろうとすると、いくら相手がプロで平気だと言っていても、案外、本気で人を殴るってことはすごくストレスで、本気で殴ることができないのです。「怒りの状態のときにしか、人は人のことを殴れない。だから、言葉にして罵り合って、試合まで怒りを維持することによって、はじまった瞬間からいきなり本気で殴れるんだ。」みたいなことを言っていました。言葉にすることによって、怒りが継続する、そして、その言葉がより明確な論理構造をともなっている時は、より鮮明に怒りが長期的に継続するのです。例えば、戦争や侵攻をする時なんかは、国のトップは、繰り返し、完全に論理的にいかにそれが正義か、もしくは、相手がどのように悪かを繰り返し言葉にします。相手の国と仲良くなりたい!って、外交をする時は、そんな論理的な言葉を繰り返しません。ただ会いにいったり、なにかプレゼントしたり、イベントしたりです。


フェイスブックは、ツイッターよりはるかにピースです。それは、コミュニケーションがツイッターの方は言語ベースの設計で、フェイスブックはとても非言語ベースの設計になっていることが大きな理由の一つだと思っています。「いいね!」をクリックするというコミュニケーションもそうだし、何よりも、写真や動画をアップしたりシェアしたりすることを中心にコミュニケーションが設計されています。往々にして、写真をアップした時に、言葉は非常に少ないです。実際、何も言葉が書かれていないことも多々あります。そう、僕が、むかし子ネコの写真が添付されているメールをもらった時、たぶん、これはきっと好きな写真なんだろうと思ったように、当たり前だけれど言葉がない場合の多くは、好きだから、うれしかったから、感動したからというのが無意識に前提にあるコミュニケーションなのです。


世界がもっと言葉から解放されて、非言語なコミュニケーションに満ちあふれるなら、世界はきっとピースになるのです。そして、それは今まではあんまり現実的じゃなかったけれども、デジタル社会の到来によって、いろんな箇所で、非言語にする可能性があふれ出ているのです。フェイスブックの大成功にはそのヒントがたくさんあるような気がするのです。少なくとも、コミュニケーションもコミュニティもコンテンツも、デジタルテクノロジーによって、より非言語に設計することができるようになってきているのです。そして、そのように設計した時に、その場は、とてもピースになる可能性が大きくあると思うのです。



GQ JAPAN(2013年12月号/コンデナストジャパン)
2013年10月24日(火)

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