MEDIA

2014.05.24

「GQ JAPAN」(2014年7月号)で、チームラボ猪子の連載。「世界は、グローバル・ハイクオリティでノーコミュニティ層と、ローカル・ロークオリティでコミュニティ層に分断される」

連載「日本、アジア、そして21世紀 拡大版」
第11回「世界は、グローバル・ハイクオリティでノーコミュニティ層と、ローカル・ロークオリティでコミュニティ層に分断される」

 

チームラボ代表の猪子寿之が、メディア環境を思索する人気連載。第11回の今回は、「全員主役。」時代のビジネスとコミュニティの関係について。

 


 批評家でカルチャー誌『PLANETS』編集長の宇野常寛さんとの対談がきっかけとなって考えがまとまったのですが、今後、都市は、世界で競争力のあるスーパー・ハイクオリティに携わる層と、強いコミュニティを持つ層に分断されていくのではないかと思っています。 


 どういうことかと言うと、インターネットが[HT1] 国家間の境界線をますます消滅させていくと、コンテンツやモノ、サービスは国内産か国外産かの意識もされず、世界でもっともクオリティの高いものが選ばれていきます。そして、世界から選ばれるものは、グローバルがマーケットとなるわけですから、圧倒的な資本の厚みができる。簡単に言うとクオリティに対してもっともっとお金がかけられるようになるわけです。ローカル内では、もっともクオリティが高くても、世界で通用しないクオリティのものは、ローカルからしかお金が集まりません。そのため、クオリティにかけられるお金が相対的に少なくなり、グローバルに選ばれたハイクオリティとの間に質的な差が生まれていき、ますます選ばれなくなっていくのです。 


 インターネットは一方で、コミュニティの構築と参加を容易に、そして規模も大きくしました。コミュニティが大きくなったために、自分が入っているコミュニティ内からコンテンツやモノ、サービスなりを選ぶことが可能になりました。インターネットより以前は、コミュニティが小さく、コミュニティの中から何かを選ぶことは現実的には難しかったのです。インターネットが容易にコミュニティを大きくしたために、自分の知っている人だとか、その友人が作っているものから、自分の欲しいものを選ぶことが可能になったのです。もっと言えば、コンテンツやモノ、サービスは“コミュニティとセットで欲しくなる”、つまり、“コミュニティとセットになって価値が上がる”のです。コンテンツやモノ、サービスのアウトプットそのものだけではなく、出来上がるまでのプロセスであったり、誰が作っているかであったり、あとは、コミュニティ内でのコミュニケーションのためであったり、そのようなことが価値を作っているのです。それらは、クオリティとは、別の価値です。コミュニティという別の価値が存在するため、マーケットでの価格に対するクオリティのようなものは無視され、クオリティに対して価格が高くても成り立つのです。そして、提供する側も、コミュニティという別の価値が存在するため、提供すること自体がコミュニティへの参加であり楽しいのです。だから、場合によっては、マーケットよりも非常に安かったり、無料で提供することも起こります。つまり、場合によっては、非経済モデルにもなりえるのです。

 

 いっぽうハイクオリティに携わる層の多くは、世界で勝ち続けないといけないので、世界の競争にさらされ、仕事がより激化します。そして、世界がマーケットであるため、ある程度世界を転々としなければなりません。つまり、超忙しい。そして、忙しいと、コミュニティを持てないのです。コミュニティを持つためには、ある程度の時間を割くことが必要になってくるからです。そして、高いクオリティへのこだわりのようなもの、もしくは、高すぎるクオリティそのものが、コミュニティとの相性を悪くするのではないかと感じています。先日行われたニコニコ動画のイベント「ニコニコ超会議3」のキャッチコピーが、「全員主役。」とあるように、誰しもが主役のように主体的な状態でありながら、誰しもが気軽に参加可能な状態であることが、強く大きなコミュニティを作るのです。高すぎるクオリティは、それを妨げるのです。例えば、AKB48は、高すぎないという意味でロークオリティであることと、超大人数にすることによって可能になる圧倒的な数のライブや握手会というコミュニティへのコミット量によって、ローカルでの圧倒的な成功を生んでいます。そして、ロークオリティであるがゆえに、グローバルでは全く競争力がないのです。  


 結論としては、ハイクオリティに携わるのであれば、グローバルレベルで地獄のような競争をしていかなければいけないし、逆に言えば、グローバルレベルでハイクオリティになれば、これまであまり儲からなかった分野であったとしても、これまでよりもずっと簡単にマーケットがグローバルになり、富が集中するのです。そして、その変化と同様に、ローカルでは、コミュニティによる影響が強くなっていくのです。それらひとつひとつは、経済規模が小さかったり、場合によっては非経済なモデルになったりするかもしれませんが、全体としての影響力は非常に大きくなっていくのです。ビジネスとしては、AKB48のように、コミュニティに耐えうるような、新しい設計がヒントになりうるし、もしくは、初音ミクのようにコミュニティに提供するツールや、ニコニコ超会議のような場の提供が、ヒントになるかもしれません。少なくとも、これまで経済の中心であった、ローカル・ハイクオリティ(ハイクオリティであるが、国内でしか通用しない)というものは、すべての分野で苦しくなるのです。なぜなら、ハイクオリティであるがゆえにコミュニティを持てない、だからその延長に“コミュニティとの一体モデル”を持ち得ないのですから。世界は、やがて、ローカル・ハイクオリティが死に絶え、グローバル・ハイクオリティでノーコミュニティ層と、ローカル・ロークオリティでコミュニティ層の組み合わせに分かれていくでしょう。それらは、交わることなく、より分断されていきながら社会への影響力を強めていくのです。


 何にせよ、明日生き残るために、僕らは、ローカル・ハイクオリティのモデルからさっさと足を洗い、グローバルでハイクオリティなモデルか、ローカルでコミュニティなモデル、それらのどちらかを選んだ方が良い、ということなのかもしれません。


GQ JAPAN


GQ JAPAN(2014年7月号/コンデナストジャパン)
2014年5月24日(金)

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